事業詳細
その他
【寄稿】世界に冠たる品質管理大国ニッポンのお粗末なコロナウイルス対策
2021年7月1日
2021年の半分が終わりました。新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっておりますが、この感染症の影響はまだまだ収束が見込めておりません。このような状況を踏まえ、今回ゴールドラット・ジャパンのCEOである岸良裕司氏に品質管理の視点から感染予防の徹底について寄稿いただきましたので、ご紹介します。ネジの緩んだクルマに乗りたいと思いますか?
一台のクルマは小さなネジまで数えると約3万点の部品からできている。小さなネジ一つ緩んだって大惨事になりかねないことがわかっているから、自動車産業に従事する500万人以上の方々は、万一のことが起きないように品質管理を徹底し、安全第一を最優先に働くのが日常だ。
我々のコロナウイルス対策はどうだろうか?
「あなたのマスクは緩んでないだろうか?」
広く知られているように、新型コロナウイルスの感染経路はたった3つ。ツバと、ツバをさわった手、そして、飛沫と言われる霧のようなツバだ。つまり、ツバさえ気を付けていればいいということになる。

「ツバボウシ先生のきみにもできる!新型コロナウイルス感染予防ガイド」より
直径1mmの感染者のツバには約700万個のウイルスが含まれていると言われている。おおよそ1万個のウイルスを吸い込むと感染する(変異型の場合は感染力が倍以上なので、その半分以下でも感染してしまう可能性がある)とも言われる。つまり、感染者のツバをさわった手で、口、鼻、目を触われば、一発で感染してしまいかねないのだ。
新型コロナウイルスは緩んだマスクをいとも簡単にすり抜け、あなたに感染する。そして、あなたが感染すれば、他の人にうつしてしまうことになりかねない。
「お店の入口にあるアルコール消毒。ポンプを最後まで押しているだろうか?」
ポンプを最後まで押すと一回分3ccの消毒液が出てくる。手がアルコールでジャブジャブになるけれど、両手全体を消毒するのに必要な量が設計されている。でも、現場では、最後まで一気にポンプを押す光景はあまり見られず、ちょっとアルコールを付けただけというのがほとんどではないだろうか?
消毒したつもり。でも、新型コロナウイルスは消毒されてない場所を通して、いとも簡単にすり抜け、あなたに感染する。そして、あなたが感染すれば、他の人にうつしてしまいかねない。
我々の感染対策はまるでネジの緩んだクルマのようだと言えないだろうか? 自分が危ないだけでなく、他人にさえ迷惑をかける可能性があることは明白だ。
感染対策はわずか4点の品質管理
「品質管理」は日本のお家芸とも言われている。3万点の部品でさえ、徹底管理し、世界最高峰の品質を実現している日本の品質管理の知見を我々は活用しているのだろうか?
クルマの3万点に比べれば、品質管理する部品点数は極めて少ない。気を付けるべきはツバだけ。道具は、マスク、他の人との距離、手洗い、換気のみ。4点の品質管理を徹底するだけだ。現にそれを実践している企業や組織は山ほどあり、大規模事業所でも実際に感染者ゼロを継続し話題になっているアマゾンのような企業もある。
「外出するな」は言ってみれば感染リスクを避けるため。こんな大雑把な対策じゃなくて、もっと日本らしい品質管理の知見に基づいた対策を人々は求めているのではないだろうか?
品質管理を徹底するのは自動車産業だけに限らず、あらゆる産業界で常識である。世界一の品質を目指すことを当然として受け入れ、日々努力しているのが日本の産業界の現実だ。かかわる人口の数は、自動車産業よりも一桁も二桁も多いのは言うまでもない。日本を世界に冠たる品質大国に導いた人財は世の中に数えきれないほどいる。その人財の知見は活用されているのだろうか?
次の新型ウイルスにどう備えるか?
経済をパニック状態に陥らせ、人の命と生活に甚大な被害をもたらすウイルス。今回の新型コロナウイルスがワクチン接種や、治療薬の開発により終息しても、次の新型ウイルスが来ないとは誰も言えない。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のたとえがあるが、今回の問題だらけの対策を風化してはならない。何が問題だったのだろうか?
「次はどんなウイルスが出てくるかわからないから、対策のしようがない。」
と言う声が聞こえてきそうだが、本当だろうか?
感染が広がると緊急事態宣言を出す。これを繰り返す現在の対応。問題が大きくなってから対処することを繰り返すのは決していい対策とは言えない。「次回も同じようなことを繰り返したいのか?」この質問が我々に問われているのではないだろうか?
問題が大きくなる前に先手管理するのが品質管理の王道本筋である。「次の新型ウイルスにいかに備えるか?」 この問いに答えることが、今求められているのではないだろうか。
感染対策の3つの目標
1.素早く感染を終息させ、国民の命と生活を守る
2.経済的な損失を最小限にする
3.いち早く危機を脱し、日本が世界のモデルとなる。
経済をパニック状態に陥らせ、人の命と生活に甚大な被害をもたらすウイルス。ワクチンの開発、治療薬が世界中の人に行き渡るのには、多くの時間と労力がかかるのは今回の経験で我々は学んだ。それまでの期間、尊い人の命が失われ、人の生活に妥協を強いられるのを我々は次回も耐えるしかないという選択肢は何としても避けなければならない。
「思考実験」お金を使わず知恵を使って新型コロナウイルスを攻撃する
今回の新型コロナウイルスの場合、潜伏期は平均で5日間、長くても14日間と言われている。これは、今回の新型コロナウイルスが発見された当時からすでに広く知られていることである。だから海外から来た人を14日間健康観察して、症状が出なければ新型コロナウイルスにかかっていないことがわかる。この認識は今も変わっていない。
ここで思考実験してみよう。
・14日間あなたが誰からもうつらない、うつさない状況だったら、あなたは感染者でないことがわかる。
・それを家族全員がやったら?
・それを地域全体でやったら?
・それを国民全体でやったら?
14日間無感染期間を過ごせば、誰もうつっていないことがわかるのだ。 万一、うつっていた人がいたら、即座に病院で治療も受けられる。感染症はまん延する前だから、病院の手厚い治療が受けられ、失わなくて
いい人の命が失われることはない。
「感染者ゼロ」を目指すのに「ロックダウン」や「自宅待機」は万全の感染予防対策をしている限り、必ずしも必要ない。それは、通常の仕事をしながらも感染ゼロの実績を続ける大規模事業所が現実に存在することが何よりもの証拠だ。14日間だけ、彼らと同じレベルで、万全の感染予防に取り組むだけだ。日本には世界に冠たる品質管理の専門家が沢山いる。彼らの知見を活かし、大人から子どもまで、誰でもわかる感染予防対策マニュアルを作り、実行すればいいのだ。品質管理が必要なのは、前述したようにわずか4点。それならば誰でもできるのではないだろうか?
それでも経済の打撃は心配だろう。「14日間もまた店を閉めるしかないのか?!」という悲鳴さえ聞こえてくる。今回、最も大きな打撃を受けていると言われている飲食業などの産業界の損失をいかに最小にするか? それも事前に手を打てば問題は最小限に抑えられる。それは以下の理由によるものだ。
多くの方々が異口同音に口にするのは、「いつまで続くのか終わりが見えない」ということ。14日間という終わりが見え、その後の明るい世界が見えていれば、どうだろうか? 14日後に安心な飲食店に予約を入れ祝いたいと思うのは、パーティ好きの私だけではないはずだ。
商売上手の経営者ならば、14日間という期間を使って商売を増やす手さえあると考えるのではないだろうか? この期間の人々のフラストレーションを減らすために、14日間のカウントダウンセットをつくって販売する。私はお酒が好きなので毎日違う地域の地酒とそれに合うつまみで楽しむセットなんかがあったら、喜んで買うと思うがどうだろうか?
政府もこれを応援できる。今回、国民にばら撒いた10万円の配り方をちょっとだけ変えて14日間の協力金として国民に配布する。それを休業要請を受けて、ダメージを受ける産業界で使えるようにしたらどうだろうか。すると、先ほど述べたカウントダウンセットを購入したり、14日後の予約を入れるようになる。休業要請を受けた業界は、ダメージを受けるどころか、14日間の休業期間もカウントダウンセットで商売は潤い、14日後には、予約でいっぱいになればお店も安心するのではないだろうか?
海外からの流入が心配と言う声もあろう。しかし、諸外国が普通に行っているようにシンプルに14日間健康観察期間を設けて、流入を防げばいいだけだ。それは一番大切な国民の命と生活を守ることにつながる。幸い日本は島国である。陸続きの他国から比べれば、対策はよっぽど楽なのだ。他国ではやれているのに「日本ではそんなことはできない」という理由はありえないのだ。
これから何度、未知のウイルスが来るかわからない。ならば、「国民感染症予防週間」を作って、感染症予防教育を徹底するのはどうだろうか? 世界に冠たる品質大国ニッポンには、「品質月間」があり、品質をさらに高めるために産業界が一斉に努力する期間がある。 ウイルスは、自分の、そして自分の周囲にかかわることである。「国民感染症予防週間」で国民が一斉に努力する期間があってもいいのではないだろうか?今回の教訓があるからこそ、活動は歓迎されこそすれ、反対する人は少ないのではないのだろうか?
ウイルスは人から人にうつっている。ウイルスは人なしには生きられない。だからこの14日間はウイルスを兵糧攻めにする積極的な攻撃にもなる。今まで防戦一方だった我々だが、兵糧攻めという積極攻撃をしていると考えれば、対策にやりがいが生まれるのではないだろうか?
お気づきになったと思うが、この対策は次のウイルスまで待つ必要はない。今すぐにでもできる。リバウンドして感染者が急激に増えた際の、いざという時の一手としても活用できるのだ。 14日間無感染期間をつくれば、新しい感染者はゼロになり、医療の負担も劇的に減る。人々の不安も一気に解消されるどころか、「ウイルスに勝てる」という自信にもつながるはずだ。
次回のリバウンドの時、またダラダラと延期される自粛期間を過ごすのか、日本のお家芸ともいえる「品質管理」の概念を取り入れ、14日間でスパッと終わる科学的な感染対策に取り組むのか、どちらの方が良いのだろうか?
人の思考停止を招く危険な呪文―「そんなことできるわけがない」
未解決の問題が長く続く状況の奥底には、人の思考停止を招く既成概念が潜んでいることが少なくない。今回の場合はどうだろうか?
「そんなことできるわけがない」
こういう既成概念はないだろうか? 「そんなことはできるわけがない」と言った瞬間に、人はそれ以上考えることができなくなり、まさに思考停止に陥り、既成概念がどんどん固定化され、結果的に問題解決への出口を閉ざしてしまう。現在のマスメディアに登場する論者の方々でさえ、この言葉を口にすることが少なからず見受けられる。「そんなことはできるわけがない」という呪文ともいえる言葉をまき散らし、社会にまん延させることで、既成概念を刷り込み、ブレークスルーの考え方を封じているとしたら、罪深きことと言えないだろうか。言うまでもないが、世の中のブレークスルーは「そんなことはできるわけがない」という既成概念を打ち破ったときに生まれるのだ。「そんなことはできるわけがない」という既成概念のまん延だけは防止しなければならない。
ここで、3万点もある部品がある自動車で「できるわけない」という既成概念にチャレンジしたエピソードが参考になるだろう。品質管理で世界に名を轟かせる日本科学技術連盟のデミング賞を受賞した佐々木眞一氏(トヨタ自動車株式会社相談役・技監、現日本科学技術連盟理事長)の名著『自工程完結』(ダイヤモンド社)の中に「水漏れ」の問題に取り組んだ事例が描かれている。みんな一生懸命やっているけれど、結局「心がけ」で終わっていた当時の状況を、水漏れにかかわる2000以上の作業を洗い出し、一つひとつ精査し、「心がけ」というあいまいさをなくし、品質をプロセスでつくりこみ、水漏れゼロを実現している。水漏れゼロの品質をプロセスでつくりこんでいるのは、外ならぬ現場の人たちだ。
3万点の部品のある自動車でさえ、「そんなことはできるわけがない」という既成概念を打ち破った人々に学ぶことはできないだろうか。今回の感染症対策の管理項目はたった4点。マスク、他の人との距離、手洗い、換気のみ。「そんなことはできるわけがない」と思うこと自身が非常識と思えるのは私だけだろうか?人をバカにするのは愚かなことだが、少なくとも人の能力を過小評価しているような気がしてならないのだ。今こそ、人の能力を信じて既成概念を打ち破ってきた先達に学ぶときなのではないだろうか。
「思考実験」14日後に起きる勝利の未来
当然ながら、今まで我慢してきた消費も爆発することになる。すると一気に景気も回復する。
コロナ対策の品質管理が徹底した日本は世界一安全な国となる。すると、世界中から、安全を求めて日本に来ることになる。その方々にも14日間の無感染期間と感染症予防教育を受けることをお願いする。その期間も日本らしい最高のおもてなしをすることにしたら、14日間以上の長いバケーションが取れる経済的にゆとりのある人が集まることになる。これは景気回復に寄与するのではないだろうか?
品質世界一を目指すのは日本の産業界の常識
政治が悪いとか、与党が、野党が、だの言っている場合ではない。経済をパニック状態に陥らせ、人の命と生活に甚大な被害をもたらすウイルスは今も進行中。お互いに揚げ足取りゲームをしている場合ではない。幸い品質管理の専門家は日本にはたくさんいる。与野党一致して、「品質管理」の専門家の指導を仰ぎ、知恵をひねって、今こそ経済をパニック状態に陥らせ、人の命と生活に甚大な被害をもたらすウイルスを兵糧攻めにして戦う時だ。
新型コロナウイルスの件で沢山の税金が投入されている。お金を使えば使うほどなくなってしまうが、知恵は使えば使うほど貯まる。次の新型ウイルスがいつ現れるのかは誰もわからないが、今回の学びを風化させ、次回も同じことを繰り返すのか、今回の学びを活かして、次回の備えにする知恵を貯めるのか、それは我々の選択次第。一つだけ言えるのは、今からでも知恵は貯めることができ、活用することはできるということだ。

岸良 裕司(きしらゆうじ)
ゴールドラット・ジャパンCEO。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraint:制約理論)をあらゆる産業界、行政改革で実践し、活動成果の1つとして発表された「三方良しの公共事業」はゴールドラット博士の絶賛を浴び、07年4月に国策として正式に採用される。幅広い成果の数々は、国際的に高い評価を得て、08年4月、ゴールドラット博士に請われて、イスラエル本国のゴールドラット・コンサルティング・ディレクターに就任。博士の側近中の側近として、世界各国のゴールドラット博士のインプレメンテーションを、トップエキスパートとして、知識体系を進化させ、また、ゴールドラット博士の思索にもっとも影響を与えた一人と言われている。そのセミナーは、楽しく、わかりやすく、実践的との定評がある。著作活動も活発で、笑いながら学べ、しかも、ものごとの本質を深く見つめるユニークなスタイルで読者の共感をよび、ベストセラーを多数出版している。海外の評価も高く、様々な言語で、本が次々と出版されている。
東京大学MMRC 非常勤講師
国土交通大学 非常勤講師
著書・監修書
『ザ・ゴール コミック版』(ダイヤモンド社)
『優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか』(ダイヤモンド社)
『子どもの考える力をつける3つの秘密道具』(ナツメ社)
『考える力をつける3つの道具』(ダイヤモンド社)
『全体最適の問題解決入門』(ダイヤモンド社)
『職場の理不尽』(新潮社)
『最短で達成する 全体最適のプロジェクトマネジメント』(中経出版)
『よかれの思い込みが会社をダメにする』(ダイヤモンド社)
『過剰管理の処方箋』(かんき出版)
『三方良しの公共事業改革』(建設通信新聞社)
『出張直前!一夜漬けのビジネス英会話』(中経出版)
国際学会発表実績多数