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BC-News(BC講師からのメッセージ)
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54.喫煙コーナー・コミュニケーション<2023年01月26日>

東京都市大学 知識工学部 経営システム工学科
兼子 毅(66BC・T修了)

 私が書記としてBCに参加したのは東京の66BCなので、かれこれ30年くらい前、ということになる。当時BCは非常に人気のあるセミナーで、東京では年間4コース走っており、1コース120名くらいの参加があったと記憶している。つまり、東京開催のコースだけで年間500名前後のBC卒業生が生み出されていたことになる。今さらながら振り返ってみると、この時の卒業生は、そろそろリタイアを迎える年齢となっている。以前からBC卒業生の「歩留まり」という議論があるが、BC卒業生の、社内で品質管理やTQM推進のコアとなり、水平展開や後進指導などに従事した人の比率はどれくらいなのだろうか。ベーシック・コースに代表される日本的な品質管理の考え方や手法は、継承可能な姿で社内に残されているのだろうか。実はそのようなことに対する漠とした懸念があり、「世界に冠たる高品質立国日本」の将来はかなり危ういのではないかと感じている。このことについても言いたいことはたくさんあるのだが、今日のテーマは全く別。「喫煙とBC」である。

 ISO 9001は、1987年に英国のBS5750がISO化されてISO 9001となった。JUSEでは、最近は喫煙者に対する社会的な風当たりが極めて強い。いろいろな考え方があるので、何が正しいなどというつもりはない。しかしながら、非喫煙者の喫煙者に対する
物言いが「ヘイト・スピーチ」の如くなっていて、それが何となく許容されている社会状況に、ある種の怖さを感じている。これについても言いたいことはたくさんあるのだが、今日書きたいことは別。喫煙が普通に受け入れられていたのどかな時代の「喫煙コーナー・コミュニケーション」である。

 私がBCに参加していた当時、東京のコースは千駄ヶ谷の1号館3階の講堂で開催されていた。今でこそ屋内に隔離病棟のようなガラス張りの「喫煙コーナー」が設けられていたりするが、当時はベランダが喫煙コーナーだった。私は喫煙者だったので、休
み時間になるとベランダに出て、一服味わったものだ。はじめのうちはぎこちなかった参加者も、2月目、3月目と進むうち、打ち解けてくる。そして私が書記だとわかっているので、皆さん講義内容に関していろいろな質問をしてくるようになる。あるいは班別のテーマなどについてちょっとした相談などを受けるようになる。ずっと大学にいた自分にとって、これらのことは極めて刺激的な出来事だった。

 今でも鮮烈に記憶している質問がある。分散分析の習い始めなので、二月目くらいだったと思う。すでに顔も名前も思い出せない受講生からなのだが、「分散比の検定でF検定を行うときには、両側検定のときもあれば片側検定のときもある。どうして
分散分析でF検定を行うときは、上側検定だけなのですか」という質問だった。私は学部4年生の後期にBCに参加させていただいたのだが、恥ずかしながら、この質問に即座に答えることができなかった。私は「それ、私もわかりません。来月までに必ず調べてきます」と答えざるを得なかった。その質問をくれた受講生は「書記さんもわからないなら、俺がわからなくても大丈夫だな」という風で、にこにこしながら「では、来月教えてください」とおっしゃったのだった。

 この原稿の読者はBCの卒業生ということだが、BCの卒業生であれば、この質問に対し答えを知っていなければならないはず、だ。問題は、わかりやすく答えることができますか? というところだろう。まだ直交配列実験などは教わっていない。分割実験
や乱塊法もまだ。したがって分散分析における分散の期待値について、ほとんど(あるいは全く)講義では触れられていない。そのような人に対して、わかりやすく説明できますか? 二つの正規母集団における母平均の差の検定(母分散未知だが等分散とみなせる場合)と、二水準一元配置実験における分散分析とは統計的に等価であること、母平均の差の検定における仮説(帰無仮説と対立仮説)が分散分析のF検定においてはどのような仮説に姿を変えているのか、わかりやすく説明できますか?
 もし、ここまで説明して納得してもらえれば、「ほらね、両側検定が上側検定に化けているのだよ、だから、分散分析のF検定は上側検定だけなのさ」、というセリフもすんなり理解してもらえるのだろう。

 本当のことを言うと、BC卒業生であっても「それ、私もわかりません」という人が8割くらいいるのではないだろうかと危惧している。言い換えると、やり方は習得したけど、なぜ、がほとんど理解できていないという卒業生だ。講義を聞いただけで説明
できるようになる人は天才かエスパーだけだろう。どれだけ演習問題を解こうが、現場で場数を踏もうが、このようなレベルにまで理解が及ぶことは滅多にない。後輩を指導して、その中で素朴に「なぜ上側検定だけ?」と質問され、なぜかを懸命に考えて(勉強して)、という経験をしない限り、深い理解にはたどり着かないのではないだろうか。逆に言えば、きちんと勉強してもらったならば、出来の良し悪しにあまり囚われず後輩の指導に励んでもらうことが極めて重要なきっかけになる。その中で素朴だが深いところを突いた質問・疑問が、教える側の深い理解につながっていく。私は「学」の立場にいるので、このようなきっかけをたくさんいただいてきた。
枕詞に「つまらない質問なのですが、簡単すぎて恥ずかしいのですが」が常とう句である、素朴な疑問を投げかけていただいた皆さんのおかげで偉そうに授業ができているといっても過言ではない。

 このような素朴な疑問は、しかしながら、講義中に訊かれることは皆無である。だいたい休み時間、喫煙コーナーで、である。社会的に抹殺寸前の喫煙という行為であるが、このように考えてみると、フォーマルでないコミュニケーションの小道具として極めて有効に機能するのではないかともいえる。喫煙コーナーの雑談をもう一度取り戻す方法はないのだろうか。ちなみに私は、諸般の事情ですっぱりと禁煙してすでに二か月が経過している。いまだ喫煙している人たちには、空気がおいしいぞ、臭くないぞ、カフェで喫煙席の空きを探す必要などないぞ、と声を大にして、こちら側の世界に来るようにお誘いしたい。

 
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