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BC-News(BC講師からのメッセージ)
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53.究極の信頼性・安全性設計は人を学ばせる設計?<2023年01月25日>

電気通信大学 情報システム学研究科 教授
田中 健次(75BC・T修了)

1.信頼性を始めた偶然
 大学時代は数学が好きで、確率過程を勉強していました。テーマはランダムウォーク。日本語で酔歩と訳されるように、酔っ払いが右に左にふらふら千鳥足で歩く様子を確率モデルで解析するもので、実に興味深い内容でした。しかし、数学で将来身を立てるのは難しいと思い、システム思考に興味を持っていたことから、システム科学を専攻する大学院に進みました。そして確率論が社会に役立つ分野はないかと探しているとき、目に飛び込んできたのが信頼性理論の研究室でした。その偶然の出会いが信頼性・安全性の分野に足を踏み入れたきっかけだったのです。

 しかし、信頼性における確率論的モデルは既にほぼ構築されており、人間のエラーや学習機構などに興味を持ち始めました。失敗から学習するというシステム論的なテーマで学位を取りましたが、当時は失敗に着目する人は皆無で、大御所の先生方からも、失敗を防止することが信頼性の目標であり、失敗から学習するというのは信頼性ではない、とコメントされ、答えに窮したことを覚えています。

2.予想外の品質管理を勉強することに
 茨城大学の助手として働き始めたとき、ベーシックコースの信頼性の講義依頼があり、二つ返事でひき受けました。しかし、その先には大変な試練が待ち受けていました。なんと、「ベーシックコースの講師は、ベーシックコースの修了生でなければならない」というルールがあり、それを守ってほしいというのです。数学の世界から入ってきた私には、品質管理という学問は全く未知の領域で、正直、興味のある分野ではなかったし、6か月にも及ぶコースを東京で受講することに躊躇しました。悩んだ末、未知の世界を知る貴重な機会と考え、通常の受講生に交じって受講することにしました。大学の講義の関係もあり出席日数の不足を次の回のコースで補い何とかクリア、STは低空飛行で修了規定ぎりぎりの修了生でした。しかし、品質の考え方や様々な手法の講義は、企業人講師が担当されることも多く、現場での具体的な実例を取り入れた説明に、興味深く聞き入ってしまうことがしばしばでした。当初は、誰がこんな理不尽なルールを作ったのかと思って受講していましたが、現実の問題への対処には、理論だけではなく様々な工夫が必要であることなど多くの知見を得ることができました。

3.理論と実践をつなぐのは学習
 大学人は理論には強くても、実践の経験がなく現実に弱いところがあります。逆にBCに参加されている受講生の方々は、経験は豊富だけれど理論体系が十分身についていない、という人が大半でしょう。BCコースは、理論と実践の両方に精通した人を育てるのが狙いと思いますが、それを一番肌で感じたのは、班別研究会でした。講義で得た知識を自分の問題テーマに活用しようとするとすぐに壁にぶつかります。データの処理方法をいくら学んでも、一体何のデータを収集すればよいのかで悩む。どのぐらいの間隔でデータを収集すれば必要で十分なのか、データ欠落があるときどのように処理するのか。現実の問題解決でぶつかる課題へのアプローチを、班別研究会で学びました。テキストの中に解析方法は書いてありますが、特性値の選択やデータの取得方法などは、社内で経験的に身に着けてゆかなければなりません。日々の業務の中で学習することで、はじめて理論が実践に活かされてくるのです。

 しかし、設計者に私が期待するのは、設計者自身の学習だけではありません。使用者の学習をもたらす設計の作り込みです。

4.安全をもたらす人を育てる設計とは
 安全のための取り組みは年々進んでおり、自動ブレーキや自動走行の車の開発を筆頭に、安全な自動機器が次々に誕生しつつあります。しかし、マンマシンシステムとしての安全性の研究を進めている中、安全を獲得するのは自動機械ではなく「使っている人」であるとの気持ちは強くなる一方です。確かに、人のミスを補ってくれる安全装置、ミスを止めてくれるフールプルーフ構造は効果があり、結果として安心をもたらします。しかし、それらは安心して操作するための機構ではありません。人のエラーを補うための支援装置であり、人に誤りを教えてくれる教育の装置と考えるべきと思っています。反省することで人は学び、より高い安全操作を身に着けることになります。

 バリアフリーではなく、バリアアリの介護施設が注目されているのをご存知でしょうか。まだまだバリアをクリアできる人には、むしろバリアの場所を意識させることが重要で、バリアフリーはバリアを乗り越える能力を消してしまう。リスクアリの世
界の方がリスクへの対応能力が高いのかもしれません。人の学習能力はすばらしいものがあります。それを生かした安全設計ってどのような設計でしょう。

 人に学ぶ機会を与える設計、安全意識の高い人を育てる設計という視点で信頼性や安全性を考えることが、今の私の研究テーマであり、それが実現できたとき、冒頭の大御所の先生のコメントに回答ができそうな気がしています。単に手法を学ぶだけでなく、どのような製品作りを目指すのか、製品を通してどのようなユーザを育てるのか、BCコースで多くの知見を得た受講生が,質向上のために製品作りに掛けているコトを聞いてみたい。

 
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