
TQM
「未来の顧客価値」を起点にした新製品・サービス開発(1)<2015年07月01日>

■“コモディティ化”のもたらす「負の連鎖」
今の私のモチベーションの源となっている書籍があります。それは、妹尾堅一郎が書かれた「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由」(ダイヤモンド社)です。これを読んだ時、大きな衝撃を受け、なんとかしたいという思いを強くしました。開発部門も企画部門も、営業や生産など各部門も、みんな頑張っています。負けようと思って仕事をしている人はいません。だからこそ「技術で優るのに事業で負けるなんてこと、あってはならない。そんなこと、あってたまるか!」という思いを持ったのです。
実際、今の製造業に何が起きているのかを確かめたくて、100社を超える製造業の管理職以上を対象に自由記述形式のアンケートを実施してみました。そして、その結果にまたショックを受けました。全ての業種ではありませんが、多くの業種で「負の連鎖」が起きていることが分かったのです。それは、価格競争の激化→コスト削減による対応→魅力的な商品の不在→さらなるコモディティ化の進行→さらなる価格競争の激化というものです。

図1. 断ち切るべき負の連鎖
みんな頑張っているのに、その努力が報われていない。新製品や新サービス、新事業を構想する際の思考に問題があるのではないか。頑張っている人たちが報われる、新しい思考技術が必要なのではないか。そのような問題意識が高まっていきました。
■技術者は不具合がお好き?
私が専門とする技術経営(MOT)は、技術の活かし方を探求する分野です。専攻の先生がたと共に、そして社会人修士とともに、PBL(Project-Based Learning)形式の演習を通じて「技術を活かす思考力」を磨いています。その目玉の一つが「MOT演習」です。お題として提示された要素技術について、(1)その技術の素性を理解し、(2)その技術の素性の新たな用途を探求する、という内容です。(1)の「技術の素性を理解する」は、少しのトレーニングでスラスラできるようになります。「VBridge(バリュー・ブリッジ)」と呼ぶ独自の洞察手法を用いて、受講生は要素技術の中核的な特質を捉えることができるようになります。
ところが、(2)の「技術の新たな用途を探求する」になると、気になる現象が起きます。生まれてくるアイディアが「すでに顕在化している不具合をなくす」あるいは「将来の不具合を未然に防ぐ」というものばかりなのです。たくさんのアイディアが出てくるわりに、それらは見事なまでに「○○を××させない」という表現形式に収まります。
すでに顕在化している不具合に対するアイディアは「今在る○○を××させない」という表現形式になります。将来の不具合に対するアイディアは「将来に○○を××させない」あるいは「将来に備えて○○を××させない」という表現形式になります。両者は着目する時制が違いますが、「○○を××させない」という点で同じです。要するに「具合の悪いこと(不具合)」に目を奪われているのです。

図2. 不具合に目を奪われがちなアイディア発想
持続的改善は、我が国製造業のお家芸と言われています。不具合に対する目利き能力は、世界屈指のレベルにあると言えるのかもしれません。そうだとすれば、私たちは「はじめに不具合ありき」という思考がもはやDNAレベルで染み込んでいるのでしょうか。
私たちは、不具合に着目しがちで、それを解決するのが大好き。これはこれで、存在価値があります。地球環境、エネルギー、食糧、水など、世界にはたくさんの問題が溢れています。不具合解決屋としての我が国の強みはこれからも世界で大いに貢献できるはずです。
ただし、このような発想では、「生活における、全く新しい過ごし方」、「今までにないワークスタイルおよびライフスタイル」、「全く新しいビジネスプロセス」など、現時点では存在しない魅力的な価値を生み出すことは困難です。新しいアイディアを発想する際、思考方法を工夫しないと「不具合解決案」しか出てこないのではないか。そんな思いが募る月日を過ごしていました。
■「未来の社会のありたい姿」が、新製品・新サービスのタネになる
そんな悩み深い日々を過ごしていた時に出会ったのが「バックキャスティング」です。バックキャスティングとは、「未来」を起点とし、未来から逆算して「現在」を考える思考アプローチです。
その対極は、フォアキャスティング。「現在」を起点として、未来を考える思考アプローチです。バックキャスティングとフォアキャスティングは、「現在」と「未来」を話題にしているという点で共通ですが、どちらを出発点にしているのかという点でアベコベです。

図3. バックキャスティングとフォアキャスティング
バックキャスティングという思考アプローチに出会った時、さきの、「今在る○○を××させない」という発想はフォアキャスティングだということが分かりました。現在を起点にすると、「顕在化している不具合」にどうしても注意が向いてしまいます。その結果、どれだけ的確に技術の素性を理解できたとしても、「その素性をどう活かすか」という段階になると、その不具合を解決するアイディアに集中してしまうのです。
では、バックキャスティングの思考アプローチにすると、技術の素性の活かし方はどのよう変わるのでしょうか。
先立つものは、企業が目指す「ありたい姿」です。ただし、それは「業界ナンバーワンになる」、「社会から必要とされる存在になる」といった、企業が願う『自分たちの姿』ではなく、自分たちの事業を通じて実現したい『社会の姿』です。「未来の人々の生活はこうあってほしい」、「産業界における未来の組織プロセスはこうあってほしい」など、事業主体が見据える『未来の社会のありたい姿』です。このような目指す姿を起点にして、自分たちが今保有する経営資源を見つめ直し、それらの経営資源を使いこなして、目指す姿に一歩でも近づくための具体的な方策を考案するのです。

図4. バックキャスティングがもたらすアイディア発想
『未来の社会のありたい姿』を起点としたバックキャスティングの思考アプローチによる、新たなアイディアの発想。このような思考プロセスを確立できれば、技術力で勝る日本が事業でも勝つことに貢献できるのではないでしょうか。
この問いの答えとして7年の月日をかけて編み出したのが、「未来の顧客価値を起点とした、コンセプト主導型の新製品・サービス開発手法」です。その名を「理想追求型QCストーリー」といいます。次回は、バックキャスティングの思考アプローチを起点にした理想追求型QCストーリーを活用することにより、企業が保有するシーズの活かし方はどう変わるのかを、実際の企業における取り組みを通じて紹介します。



加藤 雄一郎 氏
(名古屋工業大学大学院 工学研究科 産業戦略工学専攻 准教授)
製造業、広告会社を経て、2003年に名古屋工業大学が国立大学初のMOT独立専攻を開設したことを機に転身。教鞭を執ると共に、「機会発見プロフェッショナルとして わが国の製造業に貢献する」をミッションとして研究室内に“Brand Design Lab”を立ち上げ、企業との共同研究、指導・支援にあたる。専門分野であるブランド戦略、マーケティング戦略などの他、近年はそれらとTQMの融合による、企業におけるブランド価値創造、経営システムの最適化手法の開発を進めている。


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