12.「BCとの出会い、そして、今」<2016年09月28日>
ユニチカ株式会社 技術開発本部長 執行役員 松本 哲夫
1.BCとの出会い
小職と日科技連との最初の出会いは30年余り前、実験計画法セミナー大阪コース(略称DEO:42DEO/20日間)の受講でした。安藤貞一先生、朝尾正先生、楠正先生、田坂誠男先生、田口玄一先生をはじめとする大先生に加え、気鋭の米虫節夫先生、和田武夫先生、岩崎日出男先生、加古昭一先生、宮下文彬先生など、錚々たる講師陣であったと記憶しています。
さて、大抵のセミナーでは、受講生の座る場所が固定化してしまう例が多いようで、小職も最前列中央右の定席に座っておりましたが、「ほとんど寝ているのに、目を覚ますと必ず質問するヘンな奴がいる」と各講師が口々に仰ったらしいのです。それで、当時DEOの事務局の田中毅氏(後に大阪事務所長)が「どんな奴か」と興味を持たれたのです。優秀だから目をつけられたのなら自慢できるのですが、実はこういう経緯でした。
「より理解を深めたい」と相談したところ、安藤先生や田中氏から、「それなら人に教えるのが早道」と言われ、「じゃあ、そうします」となりました。そうこうしているうちに、「BCも」ということになりまして、53BC~56BCのころかと思いますが、BCOを聴講させて頂いたうえで、実験計画法、分散分析、回帰分析、宿題演習、班別研究会などを中心にお手伝いさせて頂きました。併せて、宿題分科会の委員としても勉強させて頂きました。当時のメンバーには、猪原正守先生、荒木孝治先生、永田靖先生、稲葉太一先生、西敏明先生、竹山象三先生、和田法明先生、榊秀之先生,竹士伊知郎先生,森田浩先生をはじめとし、現在ご活躍中の諸先生方がおられたと記憶します。
その後、何年間かBCの宿題分科会の委員長も務めさせて頂きました。そのころは、春が1クラス、秋は2クラスということも多く、2クラスの時の宿題問題数は計50問でした。委員長方針として、半分は新問で、しかも、作成者にはオリジナルのねらいを加味することを強く要望しました。新人の委員の方には、いろいろな注文をつけさせて頂いたりもしました※1。傍若無人、かつ、八方破れの小職にご協力いただきましたこと、この機会をお借りしまして、衷心よりお礼を申し上げます。
2.QC的なものの見方、考え方とその実践
BCでの体験は、その後の小職の社会人生活において、非常に大きな影響を与えたと思います。現在良く用いる手法としては、実験計画法、回帰分析、統計的推測(生物統計)などが主なものですが、一般的な有用性のお話しは諸先生方にお譲りするとしまして、直交表など、実験計画法を用いて実験をおこなったからこそ得られた事例(御利益)を一つご紹介しておきましょう。
実験者は、良い結果を与えると想定する条件は実験しますが、結果が良くないと思う条件は特別の事情がない限り実施しません。ところが、通常の直交表実験などでは、良い結果を期待できる条件はも
ちろん、そうでないものも実験しなくてはなりません※2。果たして、思いもよらない条件が「なんと最適であった」ということを過去に何度か経験しました。しかも、これは実験者の常識を打ち破る素晴らしいものだったのです。実験計画法を使わなかったとしたら発見できなかったと思います。
このように,教えて頂いた手法自体、大いに役立ったのですが、諸先生方のQC的なものの見方、考え方が参考になったことも見逃せません。
「データに語らせよ」「データから情報を搾り取れ」「事実をありのままに、余すところなく見よ」「なぜ実験するのか。わからないから実験するんだよ」「自分の計画が完全無欠なんてことはあり得ない」「情報を得て手段を選択せよ」「道具に合わせて仕事をするな、仕事に合う道具を開発せよ」
などなど、数え切れないくらいの考え方を学びました。
さて、実際に業務をおこなう実行場面では、それを成すのはすべて人です。
ところが、人は、
1)頭では素晴らしいことを考えているが、行動は易きに流れるもの
2)面倒くさがり屋で近道したいと思うもの
3)他人のいうようには動けないもの
4)他人を自分の思うように動かしたいと思うもの
5)自分一人ではすべてをやりきれないもの
でもあるのです。
前記したBC体験に、小職は「人」という面からのアプローチを加味しました。この一部は後述しますが、また別の機会に詳述できればと思っています。顧みれば、手法、考え方からのアプローチと人の面からのアプローチとを混然一体とできたからこそ、小職流の活動をおこなってこられたのではないかと思います。人の面に踏み込まずしては成し得なかったと思います。
3. BCに期待すること
BCは,これまで、産業界の発展に多大な貢献を果たしてきました。今後もそうあり続けることと思います。このような機会をいただいて、どういうことを書いたら相応しいのかあれこれ悩むより、BCのさらなる発展のため、失礼は省みず、小職の想うことを記すことにしました。
【その1/手法、考え方】
まず、品質管理技術者のあるべき姿は何かを知ってもらうということです。人として持つ力で問題解決のできる人(鬼)となり、道具(金棒)としての手法を知り、それを使いこなせるようになる「きっかけ」を与えられることです。これで初めて「鬼に金棒」となるように思います。
ついで、派遣元(会社、上司)の期待に応えることです。「会社へ帰って、いざ使おうとすると、なぜか有効に使えない」のです。例示すれば、第一段階においては、「この目的にはどんな手法を適用するか」、そして、第二段階においては、「直交表の割り付け、回帰分析の水準と繰り返しの設定をどうするか」
など、現場の状況やニーズを統計的に翻訳できないため、結局、手法の有用性が実感できないでいるのではないでしょうか。
信頼区間の意味、直交性の意味、主効果と交互作用の違い、ランダマイズということの意義、自由度の本質、平方和の意味、推定と検定の違い、などが頭で理解できていても、納得できる形で体得できていないことも一つの具体的な現れと思います。
したがって、
1)どういうときに、どういう手法を適用すればいいか
2)手法の価値(本質)を知り、これと現場とのインターフェィスをどうとるか
3)そして、前記インターフェィスをどう自作するか、といったことが重要ではないかと思います。
BCではそのプロトタイプをつかめるようになればよいと思います。
【その2/人】
大抵の現場で、多くの人々は、創造的、自主的でないばかりか、「思い」を忘れ、「指示待ち」と化し、「やる気もなければ、さぼる気もない」という、人としての心の働きを失った状態となっているように思われてなりません。
教育のやり方には、極めて対照的な二つがあります。一つは、「教える」という外からの力によって受講生の知識を増やそうという努力です。他の一つは、受講生の内に秘めたる力を最大限に発揮して頂こうとする努力です。前者でも悪くないのですが、人々は教えられることの連続なので、どうしても無意識に次の教えを待つようになってしまいます※3。
さて、前記したようないわゆる「指示待ち族」が定着した背景には三つの理由があると言われています。まず、(1)教える側に、「人に教えたい」という本質があり、教えられる側も少し反撥を覚えつつも、そのほうが楽だという暗黙の了承、すなわち、「奇妙な需給関係」が成立していることです。次は、(2)近代日本の発展の歴史からくる必然の結果だったということです。そして、もう一つは、(3)教育する側が「教えすぎる」ことがもたらす恐ろしさに気づいていないことです。これが最大の原因と思うのですが、「教えない教育」をもっと増やすと良いと思います※4。
教えないといっても、「その人の、そのときの力でできることを少し越えたレベルまでは教えてはだめだ」という意味です。その人のできないところまで、教えることをやめてしまうと、全く機能しなくなってしまうおそれがあるからです※5。
視点、発想、センス、そして、具体的なQC活動の進め方を身につけるための原体験の場とし、現に所属する会社組織のなかでは気づき得ない「自分」を再発見し、職場に戻ってから、どう動いていくべきか、何をなすべきかを「心と体」でビシッと掴んでもらえるBCを目指すのがよいと思います。併せて、班別研究会などを中心に、講師の先生方や他社からの参加者との触れ合いを通して何かを掴み、そして、人脈をつくってもらうことも大切です。
4.そして、今
QC関係に限らず、人材育成のために、組織面、管理面、手法面から多くの検討がなされてきましたが、人の面への踏み込みは極めて少なく、また、実行場面での研究も、GE社(Jack Welch)や組織革
新研究会を除けばあまり例を見ないように思います。
小職としては、今後、前記した人について実行場面での研究工夫を進める一方、手法、考え方についてBCで培ったものを発展的に活かしていきたいと思っています。
現在、技術開発本部を預かっていますが、新素材、独創的生産技術、未来技術などが求められています。企業における人材育成についても、現場で生じた問題の解決と表裏一体のものと認識しています。また、育成する側から育成される側へという一方通行的なものではなく、「育成する側も育成される側も、互いに成長していく」という相乗効果が大切で、いわゆる「鶏と卵」的な議論を避け、「連立方程式を解く」という考え方が肝要であると思います。
始まったばかりである21世紀のグローバルな競争社会においてこの熾烈な戦いに勝ち抜くため、数多くの日本企業が見えない明日を模索している状況にあります。重要なことは、「一人ひとりが、チームワークをもって会社という共通のプラットホームの上でその力を生き生きと発揮できる風土、組織、環境、そして、社員の意識をいかに作り上げるか」にあると思います。
最後になりますが、業務を完遂するため、固有技術的、QC的にアプローチしていくことは当然ですが、これと同時に活動の推進方法について、共通技術的なアプローチの姿勢を持つことも大切です。そういった共通技術には、たとえば、新製品開発にあたっての考え方、問題を如何に捉えるかという問題解決法、あるいは、各種のビジネス論なども参考にするとよいと思います。
※1 一例をあげる。
A×BとA×Cが有意で、各二元表では、A1B1,A1C1が最適水準組み合わせなのに、A,B,Cの3因子組み合わせでの最適条件は、A2B2C2となるような数値例とする。
※2 線形推定検定論をうまく用いれば、やりたくない実験は,ある程度省略できる。
※3 自分で見つけるべき答えまで要求するようになる。そして、そのことに対する自覚症状もない。
※4 大学では、「協同学習(LTD:Learning Through Discussion)」のように、講義に入る前に事前に課題を与え、講義後、その課題についてグループ内で説明し、話し合い、教え合い、発見しながら学び、講義一辺倒ではなく受講者主体で授業を展開するやり方を取り入れている。DEOセミナーでも取り入れており、小職が主催の社内セミナーは、課題形式を基本とし講義形式は極小化している。
※5 そのために、教える側は受講生の状況をオンライン、リアルタイムで的確に把握している必要がある。
※6 参考文献
1)小林茂,'第三の道―非'民主'・反独裁の組織論',マネジメントセンタ出版部(1976)
2)藤田英夫,'人を人として', PHP研究所(1998)
3)Robert Slater, 'Jack Welch And The GE Way', McGraw―Hill(1999)