20.「SQCとは何か」<2016年09月29日>
東京大学 特任教授 飯塚 悦功(37BC・T修了)
思い起こせばもう40年になるのかと感慨深く,また悔恨の念にさいなまれます.私は37BC (1970年前期開講) の書記として,極めて不真面目に参加しました.近藤次郎先生による「確率論」の入門講義を聞いて,統計解析を学ぶ院生として,難しい概念を信じられないほどの分かりやすさで教えるその話の運びに感銘を受けはしましたが,ほとんどの講義を「すでに知っている」とか「学生の身には関係ない」という理屈をつけてまともに聞いていませんでした.その後,幸いにもBCの講師・運営を引き受けるようになり,深く学ぶことができました.BCで教えていることの広さと深さを思うにつけ,本当にアブナイところでした.
■なぜ統計か
BCではSQCを教えます.そのカリキュラムの7割は統計的方法に関する講義,演習です.それは,統計的方法が,品質管理の歴史的発展過程で生まれた所産として尊重すべきだからというわけではありません.品質管理というテーマそのものに内在する「本質」に由来するからこそ幅広く適用されてきたし,本質的であったからこそ品質管理の発展過程において中心的地位を占めてきたのであり,これからも中核となるべき手法なのです.
その本質とは何でしょうか.品質管理が対象とする品質というものに「ばらつき」があり,しかも品質管理が「科学的管理法」を志向してきたことにあると思います.
科学においては「観察」「仮説」「検証」「法則」のサイクルを回しながら,対象に対する理解を深めていくという方法論を採用します.すなわち,観察の結果を解釈する仮説を設定し,事実に基づく論理的思考によって検証するということを繰返しながら,さまざまな現象を支配する一般法則を導き出そうとします.導き出された一般法則は,他の現象を説明したり,予測したりすることに利用されます.もし,説明や予測に失敗すれば,仮説を修正し,より一般的な法則を導くことを繰返します.これは,いわゆる「科学的弁証法」といわれる方法論です.
「観察」の過程においては,測定誤差やサンプリング誤差による「ばらつき」を含む情報から,対象のありさまに関する真実を知るために,統計的方法が必須の技術となります.その観察結果を説明する仮説を「検証」する過程においては,さまざまな他の観察,調査,実験が行われ,その結果としてデータが得られます.こうした一連のデータに含まれる本質的な情報を抽出するため,とくに関係の解析においても,やはり統計的方法が必要となります.
科学や工学において観察(計測)とデータ処理(統計)は,きわめて基礎的なものであって,品質管理においてのみ重要であるというわけではありません.「計測工学」と「統計的データ解析」はいつで
もどこでも,いま問題にしている分野を支える基礎的な科学・技術なのです.あらゆる科学者・技術者は,計測に関する基礎と,データ処理に関する常識を持ち合わせなければ一人前とはいえないでしょう.ちなみに,私は計数工学科(=計測工学+数理工学を卒業しました.えへへへ…….
■SQCの意味を絵解きしてみれば……
さて,その統計的方法を中心的手法とするSQCの本質は何でしょうか.SQCを構成する3つの単語に分解して考えてみると,以下のような感じでしょうか.
S:Statistical(統計的: 事実・データ,ばらつき,傾向)
Q:Quality(品質: 顧客志向,目的志向)
C:Control(管理: 目的達成)
それぞれの項に判じ物のように書いてあることを少しだけ説明しておきます.
統計的なものの見方とは.私は以下のようなことだろうと考えています.
(1)事実とデータに基づくこと
(2)ばらつきを認めること
(3)傾向は真実の現れと思うこと
(1)については,言うまでもないでしょう.主観的な感じではなくて,客観的観測手段によって得られた情報を数量化したデータに基づくという態度を言っています.
(2)では,2つのことを言っています.第一は,われわれが対象とするものに全く同じというものはなく必ずばらつきがある,言い替えれば母集団はばらつきをもつという認識のことです.第二は,観測し得るものは知りたいことのすべてではなく全体の一部であって,観測の機会が異なれば現在手にしてものとは違った情報を得たであろうという認識のことです.
(3)においては,(2)で挙げた「ばらつき」によって本物を見ることができないからといって悲観することはなく,ばらついてはいても多数を観測してある傾向を見いだすことができたら,それは真実として一応受け入れようという態度のことを言っています.
品質とは「ニーズに関わる対象の特徴の全体像」と定義できると思います.品質が考慮の対象についての特性・特徴の全体像であることは,納得できるでしょう.するとこの定義のポイントは「ニーズに関わる」にあります.ニーズを持つのは,通常の製品では,まずは顧客ですから,品質概念の中心に顧客志向が位置づけされるのは当然なのです.そして,提供したものの良し悪しが顧客の価値観に基づいて判断されるということは,物事を外的基準で考えるということであり,これはとりもなおさず目的志向の思考・行動様式に他なりません.品質概念には,実に,目的志向という深遠なる意味が内在しているのです.
管理とは「目的を継続的に効率よく達成するために必要なすべての活動」と定義できます.この定義のポイントは「目的達成」にあります.統制でも締め付けでもなく,目的を合理的に達成することが
管理です.品質管理には,この意味での管理のための珠玉のような考え方や方法があります.PDCA,標準化,プロセス管理,事実,再発防止・未然防止,原因分析,改善など,枚挙にいとまがありません.
■SQCの真意
さて,こう考えてくると,SQCとは,およそ課題を科学的に達成しようとするときに,適用すべき,目的達成のための科学的管理,課題達成への科学的方法の体系であることが分かってきます.SQCのSを Statistical(統計的手法の適用)にこだわらず,Statistical(統計的センス)と Scientific(科学的アプローチ)にこだわる方法論と理解すべきです.
科学的問題解決・課題達成のためには,以下のような要素が必要です.
目的:目的の明確化,展開・分解
手段:目的達成手段への展開(目的―手段関係,因果関係の明確化)
実施:計画通りの実施,進捗管理,修正,不屈の精神
教訓:本質知の抽出と再利用
これらの段階のうち,目的明確化のための実態把握において,目的達成手段への展開における目的・手段関係,因果関係の解析のために,そして教訓獲得のための本質知抽出のために統計的方法が必須です.
あらためて,SQCをベースにして,極める心技体,すなわち極める“こころ”“技術”“実行力”を確かなものにしたいと思います.SQCをマスターしたのですから,メカニズムについて妥協しない人間になりたいものです.統計的方法による関係解析の有効性と限界を知ったのですから「訳が分かる」ことの重要さを得心したいものです.「風が吹けば桶屋が儲かる」と言われて,安易に分かったつもりにならないようにしたいものです.自分が桶屋で儲けたいと思ったらネズミの養殖を考えるような技術者になりたいものです.(風が吹く→砂埃が舞う→砂埃が目に入って盲目の人が増える→按摩が増える→三味線の需要が増える→猫の皮の需要が増す→猫の数が減る→ネズミが増える→ネズミが桶をかじる)
SQCをマスターしたのですから,多数のケースの集計の奴隷になるのではなく,個々のケースの重要さを感じるようになりたいものです.統計的方法は,吹くなからぬ複数のデータの集計や関係解析を基本にしますが,その素になっている個々のケース,事例に対する科学的な解明が重要であること理解したいものです.
40年前の,慚愧に堪えない不真面目な参加の罪滅ぼしに,いやBCの意義を非常に強く感じるようになった身として,より多くの方にSQCの真意を理解し,有効活用していただきたいと心から思います.