22.「プロセスを大切に」<2016年09月29日>
千寿製薬株式会社 分子毒性研究室 室長 榊 秀之
このたびの大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
また、一日も早く復興されることを心より願っております。
海外では日本人の規律的で理性的な振る舞いが驚きをもって報道されていますが、日本人の善徳や品性は以前から感銘をもって受けとめられてきました(1)。こうした道徳がDNAに染み付いている我々日本人は、大変な状況におかれても身勝手を自制し困っている人を助けることができるのだと思います。被災地が早く元気が取り戻せるように、私も力になりたいと思います。
1.データが行動の原点のとき
福島原電の事故では放射性物質のサンプリング結果に国民のみならず世界中の注目が集っています。我々が日々の測定値を注視するのは、データが行動を左右するからといえます。水、野菜、魚を摂取できるかという日常の行動のみならず、将来に対する不安を抱くときそれは住み続けることの判断をしなければなりません。行動の動機がデータにあるとき、数値情報に対して正確であることに加え、信用できることを期待します。重大な行動であればあるほど期待は大きいといえます(信用できるとは、例えば選りすぐりではないことです)。
なお、行動を起こすには判断基準も必要ですが、ここでは取り上げません。品質管理の基本に(客観的)事実に基づいて行動することが挙げられます。これを実践しようとしてもそう簡単なことではないと感じています。データから事実を吸い上げることの難しさだけではなく、事実を反映したデータを取る難しさもあるからと考えています。それはデータが正確に測定されたということだけではなく、受け入れ可能な質の高さも持ち合わせていることが必要だからです。
2.数値を見る目
数値を鵜呑みにする危険性はアンケートを例に説明されることがあります。対象とする集団の意見を反映した結果を得るのは簡単なことではありません。アンケートでは問い方により結果が影響を受けるでしょう。誰が(どういう目的意識をもった人が)、いつ、どんな方法で取ったデータなのかに注意を払うべきです。
また、問題の定義にも注意が必要です。児童虐待について考えるとき、マスメディアを通して我々に届くものは、悲惨な傷害事件であり致死事件です。しかし、放置(ネグレクト)にも同じく目を向ける必要があります。強い印象を与える“例示”が“定義”になれば対策を誤る可能性があります(2)。
“工程の現行不良率は0.1%です”と報告を受けたとき、“現行”とはばらつきを考慮しているのか、直近のロットの結果をこのように表現しただけなのかによって捉え方は変わります。問題が表面化し
た直後では不良の判断基準に曖昧さがあるかもしれません。一旦数値化されると事実であるかのように扱われるのがデータの習性です。それらを見極める目を持つことが重要です。
3.プロセスの大切さ
品質管理におけるデータの質の良さは、母集団を代表していることと表現しても良いと思います。サンプリングにおける無作為化の重要性は幾度となく講義の中で説明があったと思います。データの質の良さは結果で表現するのは難しく、5W1Hが明確になっていること、すなわち、そのプロセスで表現することになります。無作為化は”HOW”に該当するといえるでしょう。
データを解析するときにもプロセスの重要性に気付かされることがあります。よく見かけるのは、データをグラフ化せず計算結果のみを表示しているケースです。異常な数値に結果が引きずられているかもしれません。実験順序の無作為化とデータ構造が対応してないこともあります。一見同じデータ表に収まっていても無作為化の仕方が違えば検定できる主効果や交互作用は異なります(3)。
出どころ不明なデータや十分に吟味されないままの計算結果が事実を正しく反映しているかは疑わしい限りです。プロセスの重要性は今更強調するまでもありません(4)。十分に吟味されない理由を考えたとき、便利さが産む弊害があるように思えます。複雑な計算もボタン一つで(とまでは言いませんが)簡単にできます。
しかし、パソコンの表示は計算した結果に過ぎません。プロセスの重要性を今一度、認識していただきたいです。その上で結果に技術的解釈が加えられれば、無機質で冷たい数値に“血の通った「物語」を与える”(4)ことができるのだと思っています。
私の住む神戸は16年前に大震災に遭いました。震災後まもなく六甲山の裏手に引っ越したことを契機に地元の名峰(!!) 六甲山によく登るようになりました。健脚を自慢したい私を嘲笑うかのように標準時間どおりに時計は進むわけですが、力むが故に、イノシシがいようがお構いなし、まして野鳥や野花に目もくれず、結果、残念なことに途中の風景はほとんど蘇りません。登頂の満足感と下山後のビールだけでなく、そのプロセスも楽しめる六甲登山を心がけたいと思います。
4.おわりに
BCとは大学院時代に書記で受講させてもらってからの係わりで、かれこれ20年余りが経ちました。この間、多くの方々に温かくときに厳しくご指導いただきました。中でも日科技連大阪事務所に長くお勤めだった柳谷美宏氏(故人)には辛抱強く見守っていただきました。
5.参考資料
(1)藤原雅彦(著):国家の品格(新潮新書)
(2)Joel Best(著): Damned Lies and Statistics, Untangling Numbers fromthe Media Politicians, and Activists(林大(訳):統計はこうしてウソ をつく(白揚社))
(3)荒木孝治(編著):RとRコマンダーではじめる実験計画法(日科技連出版社)
(4)後藤昌司:統計的データ解析の過程、行動計量学,13,2,48-63(1986)